
機械式時計の精度を極限まで高めるため、世界で初めての構造を実現。複雑で精巧な作りの時計は昨年“時計界のアカデミー賞”とも呼ばれる「ジュネーブ・ウオッチ・グランプリ」でも受賞を果たした。30歳で時計の世界に飛び込んだ名工は「光栄でうれしい。一人では成し遂げられなかった功績なので、チームにも感謝したい」と喜んだ。
静岡県浜松市出身。東京工業大卒業後、プロを目指し音楽活動に専念していたが、29歳の頃にバンドが解散。音楽の道を断念した時に「手先が器用なんだから時計職人とかやってみたら」という母の一言が転機になった。時計について調べ始めると、ゼンマイの動きや精巧な作りの美に魅了され、時計学校に入学。卒業後、セイコーインスツル(現セイコーウオッチ)に入社した。
世界初の構造に取り組み始めたのは、入社2年目の2011年ごろから。ズレの少ない機械式時計を作ろうと着目したのは、ゼンマイがほどけても時計の精度を保つ仕組みと、ズレの元となる重力の影響を抑える仕組みの2種類。それぞれ一般的に使用されているが、同軸上に配置する構造にすれば、より正確な時刻を表示できると考えた。
自ら設計や組み立てを繰り返す中で、こだわったのは時計の「刻音」。通常の時計でも聞こえる「チクタク」という音に、新たに組み込んだ仕掛けが1秒に1回発する音も重なり、16ビートのように聞こえる。常に正確なビートを刻むためには、部品に千分の数ミリ単位の精密さが求められる。音にこだわることで「精度や出来の良さを音で知覚できる」と、名工は胸を張る。
ようやく製品として完成したのが22年3月。「Kodo(鼓動)」と名付けられた時計は、昨年11月、世界的権威のジュネーブ・ウオッチ・グランプリで精度の高い時計に贈られるクロノメトリー賞を受賞。一躍、世界の注目を浴びた。
現在も、幕張オフィスを拠点に時計の開発・設計から組み立てまで行っており「時計が組み上がって動き始めた瞬間と、時計を手に取った人が、美しい構造や音で盛り上がってくれる瞬間がうれしい」と魅力を語る。「『時計って面白いんだ』と感じる人が増えたら。そして日本の時計産業が盛り上がって、世界の中で評価を高めていくことが夢です」